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「ラジかるッ」
日本テレビ、毎週、月曜日~金曜日、9時55分~11時25分放送。
MC、中山 秀征さん、賀集 利樹(かしゅう としき)さん、宮崎 宣子アナ。
この番組、コンセプトはラジオ感覚の新情報バラエティ番組ということですが、意外と民放キー局でも、このような時間帯には地域に密着した関東ローカルのベタな番組をやってます。
 朝の番組にもかかわらず奇抜な日替わり企画、
月曜日「レイザーラモンHGのハードなクッキング」
火曜日「大人の勲章 ちょい不良デート」
水曜日「彦摩呂&まちゃのまんぷくランチ」
木曜日「金剛地武志の突撃!奥さまBeforeAfter」
金曜日「レッド&たくみの美人いやし温泉」
の中で、筆者が注目しているのは、
水曜日の好評企画「彦摩呂&まちゃのまんぷくランチ」。2006年9月20日放送の模様。
 番組後半に放送されている好評企画ですが、大食い界では有名なジャイアント白田さんとギャル曽根さんが、毎回、絶品料理で大食い対決するという内容のもの。今までの対戦ではギャル曽根さんの24連敗。
 今回の決戦会場は、先日、このコラムでも紹介した上野の「洋食 黒船亭」(東京都台東区上野2-13-13 キクヤビル4F)。挑戦するメニューは「特上ステーキ丼 大葉風味(3,990円)」です。
 試合開始前の意気込みでは、白田さんは「30分で7~8杯。」と言ったのに対して、闘志を燃やすギャル曽根さんは「じゃあ。私は8~9杯。」と宣言。両者、一歩も引かぬ状況となっています。

その模様は、各コーナーの合間にライブ中継を挟む格好で放送されました。

10時29分頃~10時33分。試合開始。両者、順調な滑り出し。

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「ラジかるッ」(2006年9月20日放送より引用)

10時47分~10時48分。両者、5杯ずつで互角の勝負。

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「ラジかるッ」(2006年9月20日放送より引用)

10時55分。ギャル曽根さん6杯。ジャイアント白田さん7杯。
10時56分。このお店の人気商品「ハヤシライス(1,470円)」が登場。彦摩呂さんと林家いっ平さんが試食。

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「ラジかるッ」(2006年9月20日放送より引用)

10時57分。ギャル曽根さんが8杯目に突入。
10時59分。ジャイアント白田さんが9杯目に突入。
11時00分、30分が経過して勝負は終了。結果、ジャイアント白田さんが8杯完食で勝利。

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「ラジかるッ」(2006年9月20日放送より引用)

11時01分。ライブ中継終了。

8杯完食で、今回もジャイアント白田(白田信幸)さんの勝利でした。

試合後の感想

ギャル曽根さん「やっぱり。あんまり高いお肉食べたことがなかったので、ちょっと。それに、歯が・・・。すみません。ごちそうさまでした。」
ジャイアント白田さん「余裕ないすよ。米がやっぱり多いんで、かなりズシッと来ますね。」

「大食い」という言葉は、昔からよく聞きますが、最近では、ジャイアント白田さんやギャル曽根さんのような人たちのことを、「フードファイター」と言うそうです。いつ頃から、そのように呼ばれるようになったのかは、

「フードファイターとは、いわゆる早食い・大食い競技を得意とする人間のこと。由来は大食い競技をテーマとしたドラマ『フードファイト』(日本テレビ)が元と見られる。
 2000年頃に『TVチャンピオン・全国大食い選手権』(テレビ東京)や『フードバトルクラブ』(TBS)などをきっかけに起こった大食いブームを背景に、それらの早食い・大食い番組の常連出場者達をタレント視する動きが強まり、特に早食い・大食い競技をスポーツとして確立したいという意向を持つ一部の競技者達が自ら「フードファイター」を名乗るようになった。
 2001年には小林 尊・白田信幸ら主要なフードファイターが集まり「Food Fighter Association(FFA)」という団体を結成したが、2002年に起きた愛知県の中学生の事故(詳しくは早食いを参照のこと)が契機となってテレビ局が早食い・大食い番組の制作を自粛したことで大食いブームが沈静化したため、同団体は自然消滅した。しかし小林は2005年に新たに「United Food Fighter Organization(UFFO)」という団体を立ち上げ、引き続き早食い・大食い競技をスポーツとして確立すべく活動を続けている。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

とのこと。
「ウィキペディア(Wikipedia)」でも紹介している「United Food Fighter Organization(UFFO)」の他にも、「フードファイターコミュニケーション」なる組織もあるようです。その活動は、主に所属しているフードファイターのみなさんの仕事依頼の受け付けのようです。
 そのメンバーとは、
白田信幸さん(ジャイアント白田)を始め、高橋信也さん、射手矢 侑大さん、山本 晃也さん、山形 統さん、立石将弘さん、小国敬史さん、山本卓弥さん、です。みなさん、「TVチャンピオン、大食い選手権(テレビ東京)」、「フードバトルクラブ(TBS)」などの優勝者もしくは常連のみなさんです。
 しかし、これだけ注目されているファイターのみなさんですが、日本国内で活躍できるのは主にテレビ番組であり、その他にはイベントで開催される大会や雑誌の特集記事など、まだまだ、その活動は制限されています。
 小林 尊さんや新井和響さんのようにプロで活躍されている方は、ほんの一部で、ジャイアント白田さんご本人のブログ「ジャイアント白田の大食いブログ」の中でも「一応、会社員ということで。」という記述があるように、みなさん、それぞれ仕事をされているようです。ちなみに、珍しくギャル曽根さんは、ワタナベエンターテインメントに所属するタレントさんです。
 このように、人間の欲望のひとつ「食欲」を極限まで追求している彼らの姿を観ると、ある一面では、今更ながら日本の豊かさを感じます。
 また、巷では、若者(特に若い女性)を中心に無理なダイエットによる「拒食症」や「過食症」などが社会問題になっていますが、改めて「食」の大切さを痛感しています。

ジャイアント白田の大食いブログ
Delicious Cafe」(新井和響さんのHP)



資料
主なフードファイター

「小林 尊」

小林 尊(こばやし たける、1978年3月15日 - )は、早食い・大食いの選手、いわゆるフードファイターで、ホットドッグやハンバーガーの早食い世界大会で何度も優勝している。国際大食い競技連盟(IFOCE)の世界ランク1位(2006年6月現在)。長野県長野市出身。
 毎年7月4日にニューヨークで開催される「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」を、2001年より6連覇中。
 ホットドッグを12分間で53 3/4個、ハンバーガーを8分間で69個などの世界記録を持つ。そのすさまじいまでの食べっぷりから、海外では "The Tsunami" のニックネームが付けられている。 堀越のりから告白された。

略歴
2000年に『TVチャンピオン・全国大食い選手権』(テレビ東京)のオールスター戦でテレビデビューし、新井和響・赤坂尊子ら強豪を相手にいきなり優勝。翌年には「プロ宣言」を行い、『TVチャンピオン』や『フードバトルクラブ』(TBS)といったテレビ番組を始め、各地の大食い競技会で活躍した。
 2001年の「ネイサンズ」初参加時には、それまで新井和響が持っていた世界記録(25 1/8本)のほぼ倍となる50本を完食し、大食い競技界の度肝を抜いた。競技中に「参加者が何本食べたか」を示すために掲げられるプラカードもそこまでの数字は用意されていなかったため、主催者のIFOCEは急遽ノートに手書きで書かれた数字を掲げざるを得なくなった。コンテスト終了直後、小林は報道関係者の求めに応じさらに2本ホットドッグを食べたという。
 2001年にはライバル・白田信幸らと「Food Fighter Association(FFA)」という団体を結成し、早食い・大食いをスポーツとして確立すると共にタレントとして活動することを目指したが、翌2002年に愛知県の中学生が早食い中に喉に食物を詰まらせて死亡した事件の後、前述のテレビ番組を始め全国的に早食い・大食い大会の開催が自粛されたため、同団体は自然消滅した。しかし小林は2004年に「United Food Fighter Organization(UFFO)」という団体を立ち上げ、早食い・大食い競技をスポーツとして確立すべく活動を続けている。
 2005年にはFox Sports Net(米国のスポーツ専門チャンネル)の特集「スポーツ界で最も恐れられている選手10人」の中でマイク・タイソンやロジャー・フェデラーと共に選出、2006年にはESPN(同上)のCM(日本でもJ SPORTSにて放映されている)にも出演するなど、現在は海外での活動が多くなっている。」

「白田信幸(しろた のぶゆき)」

1979年4月20日生まれ。栃木県出身。
自他共に認める小林尊の最大のライバル。全盛期には『全国大食い選手権』『フードバトルクラブ』において小林を破り幾度の優勝を遂げる。その後しばらくフードファイターとしての活動を休止していたが、2004年には「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」に日本代表として出場し準優勝した。矢口真里(元モーニング娘。)のファン。
2005年秋に、テレビ東京の「元祖!大食い選手権」にて、久々にテレビ番組での大食いを披露した。その経験からくる計算された食べっぷりで「第3世代」と呼ばれる後輩フードファイターに脅威を与えるが、決勝の燕三条系ラーメン勝負で無念のドクターストップとなった。

「新井和響(あらい かずとよ)」

1967年5月10日生まれ。埼玉県出身。
2000年の「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」優勝者(2001年は準優勝)。赤阪尊子とともに、いわば「大食い第1世代」を代表する存在。小林・白田らの「第2世代」が登場するまでは国内最強のフードファイターだった。現在もバラエティ番組などで活躍中。辛味系が好物で、どんな料理にもワサビやカラシなどをこれでもかというほど投入して食べる。因みに初めてTVチャンピオンに出場した種目は大食いではなく「激辛王選手権」。しかし辛味には強いが辛い物に関する知識系のラウンドで敗退。その後年末から元日にかけての大食い競技(TVチャンピオン)に出場し3位となる(決勝の雑煮対決で途中ギブアップ)。その後、再び激辛王選手権に出場。なぜか知識系のラウンドがなくなったこともあってか優勝を果たした(決勝は早食いで食べる物の量も多かったため新井の独壇場)。

「赤阪尊子(あかさか たかこ)」

1955年2月24日生まれ。大阪府出身。
1994年、「TVチャンピオン 全国大食い選手権」にて初出場・初優勝の快挙を成し遂げ、「女王」として同番組の初期の中心人物となった。特に甘味の大食いに無類の強さを見せた。途中で砂糖を取り出し、大量に水に入れて飲むのが特徴(食欲増進のため)。第2世代台頭後はフードファイターのとしての成績は芳しくなくなるが、愛嬌のあるキャラクターで人気を博した。現在も大食い番組ではコメンテーターとして出演することがある。

「小国敬史(おぐに けいじ)」

1978年2月28日生まれ。群馬県出身。UFFO所属。
『フードバトルクラブ』でデビュー。その後大食いブームが下火になる中で地道に活動を続けた。2005年・2006年の「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」日本予選を制し、日本代表として世界大会に出場した。

「山本卓弥(やまもと たくや)」

1983年11月5日生まれ。大阪府出身。
2002年、テレビ東京の「TVチャンピオン 大食い選手権新人戦」にて、浪花の新勢力として圧倒的な大食いの実力を披露するも、ドクターストップになってしまう。その後、大食い番組の自粛で目立った活躍がなかったが、2005年春のテレビ東京「元祖!大食い選手権」に出場し優勝。大食い第3世代の到来を印象付けた。同年秋の同選手権で、白田・西川廣幸といった第2世代との直接対決が実現。先輩の底力を見せつけられながらも見事に連覇を果たした。

「ギャル曽根(本名は曽根菜津子)」

「ギャル曽根(ぎゃる そね、1985年12月4日 - )は、日本の大食いタレント。本名は曽根菜津子(そね なつこ)、京都府出身で兵庫県姫路市在住。ギャルソネとも。
 通称の通り、ギャル系メイクが見た目上の特徴。他の大食い選手が必死の形相で手当たり次第に食物を口に詰め込むことが多いのに対し、好きなものばかりをマイペースかつ幸せそうに口に運ぶ異色の(しかし、「食事」という観点から見ればある意味健全な)行動が目を引き、結構な人気を誇る。
 大食いタレントとしては食べ物の好き嫌いが多いのが特徴で、蕎麦・ウニ・エビ・イカ・メロン・レバー・数の子などは苦手。天ぷら蕎麦の天ぷらしか食べられず失格した、という事もある。その一方、マヨネーズを常に携帯しているという「マヨラー」である。
 身長162cm、体重45kg。大食いは中学時代から始めたが、日常においてはあまり食べず、おにぎり、若しくは菓子パン一個で一日過ごしてしまう事もあるという。テレビ番組には2005年から出始め、2006年の『元祖!大食い王決定戦 新爆食女王誕生戦』(テレビ東京)などで優勝している。また、ワタナベエンターテインメントとタレント契約を結んだ。イメージからすると意外だが調理師免許を持っている。ラジかるッ(日本テレビ)では、同じく大食いの白田信幸と大食い対決している。」

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


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