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「サンデー・ジャポン(TBS)」(2008年2月17日(日)10時00分~11時25分放送)

 2008年2月13日(水)世界初のレトルト食品「ボンカレー」が誕生して40周年を迎えたとのこと。番組では、ボンカレーの歴史をCMと時代の名曲で振り返っていました。

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

〇1968年(昭和43年)

ボンカレー最初のCM

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

出演、松山容子さん(当時31歳)、佐野周二さん(当時56歳)(関口宏さんの父)

〇1972年(昭和47年)

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

出演、笑福亭仁鶴さん(当時35歳)

〇1978年(昭和58年)

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

出演、王 貞治さん(当時35歳)

 実は、ボンカレーの発祥の地は徳島県。大塚食品(株)徳島工場(徳島県徳島市川内町加賀須野463-55)で生まれました。

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

その徳島県では、今でも当時のボンカレーのホーロー看板(美馬市)が残っているそうです。

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

 又、阿波市では、今でもボンカレーの自動販売機が現役で活躍しているそうです。販売しているのは「辛口」と「甘口」の2種類で、温かいご飯も付いて300円。通常ではレトルトパックのご飯なのですが、ここの自販機は経営者の主人(女性)自らが、毎朝、自宅で炊いたご飯と温めたボンカレーを入れていました。(現地取材は、「サンデー・ジャポン」ジャーナリストの持田謙二さんです。)

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

販売機の中は保温機能があるので24時間いつでも温かいものが食べられ時代と共にお母さんの温かみを感じる一杯のようです。

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

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「サンデー・ジャポン」(2008年2月17日放送より引用)

※徳島県阿波市の自動販売機を設置しているお店については、写真を紹介しているサイトはありましたが場所は分かりませんでした。また、番組では経営者の女性の氏名をテロップで表示していましたが、このコラムでは紹介しませんでした。



資料

「ボンカレー」

「ボンカレーは、大塚食品が発売するレトルトカレーの商品名。日本初のレトルト食品。甘口、中辛、辛口の三種類がある。現在の主流はフルーツベースのボンカレーゴールド21、温色で描かれた同心円のパッケージで有名。
 商品名の由来はフランス語の形容詞 "bon" からきていて、「良い、おいしい」という意味である。

歴史

 ボンカレーを発売するきっかけとなったのは、会社にあった不良在庫のカレー粉をなくすために考えられたといわれている。大塚化学薬品での約2年の研究開発期間を経て、1968年2月に、大塚食品工業[1]より世界初の一般向けの市販レトルト食品として発売された。当初は四国限定発売とされた。当時のレトルトパウチ(高圧釜レトルトで高温加熱殺菌する為に食品を封入する袋)は、透明な合成樹脂のみによる2層の積層加工であったが、これは強度に問題があり、輸送中に穴が空くなどの事故が多発した。このため内側のポリプロピレンと外側のポリエステル間にアルミ箔を挟んだパウチに改良して強度を増した。同時に、空気遮断機能が向上し、光も遮断するようになったため、賞味期限が3ヶ月から2年に延びた。翌1969年4月には、この改良版パウチで全国発売された。テレビCMにはコメディアンの植木等を起用した。
 ボンカレー発売当時の宣伝は「3分温めるだけですぐ食べられる」という内容のものであった。宣伝からも分かるように、保存性よりも簡便性を前面に打ち出しており、インスタント食品の一種として普及していった。また松山容子パッケージのもので味は野菜ベースであった。当時、営業マンが全国各地に、ホーロー看板を自ら貼りにまわって普及に努めた。
 1973年、落語家の笑福亭仁鶴が出演したテレビCMは、当時流行した時代劇『子連れ狼』のパロディで大ヒットした。仁鶴が『子連れ狼』の主人公・拝一刀に扮したCMで、仁鶴の「3分間待つのだぞ」という台詞と「じっと我慢の子であった」の滝口順平によるナレーションが日本中に多くの関心を集めた。仁鶴のCMは、野球選手に扮したバージョン(CMソングは大塚グループ提供のテレビアニメ『巨人の星』のテーマ曲)もあった。
 1978年、ボンカレーゴールドを発売。ボンカレーと食材の構成を替えたこの商品は、ボンカレーに取って代わり主力製品となる。CMキャラクターには、巨人軍(当時)の王貞治(後に郷ひろみ→田村正和→所ジョージ→松坂慶子→池谷幸雄→ともさかりえ)を起用した。
 2001年2月、ボンカレーゴールドはリニューアルされてボンカレーゴールド21になる。
2002年8月までは大塚化学が製造、大塚食品の販売であったが、大塚化学が2002年9月1日に持株会社化して大塚化学ホールディングスとなったのに伴い、食品・飲料事業(オロナミンC事業は除く)は大塚食品に移管された。
 2003年、ボンカレーはリニューアルされた。従来の調理法は沸騰したお湯に袋ごといれ煮立つのを待つもので、電子レンジを使う場合は袋から容器に移し替えて温めなければならなかったが、このリニューアルにより袋のまま電子レンジにいれて調理できるようになった。レトルトパウチの改良によりこれを実現している。CMキャラクターには阿部寛と由紀さおりを起用。なお、この際に初代ボンカレー(松山容子パッケージ)の全国発売は中止されたが、沖縄のみで発売する「地域版」として継続された。
 2005年に新しいパッケージと味のボンカレークラシック(松坂慶子パッケージ)を発売している。クラシックと商品名にあるが復刻版ではなくまったくの新商品である。
2007年5月から、「ボンカレー発売40周年記念」として、初代松山版が50万食限定で全国発売される。
発売開始以降、世界中でおよそ20億食が消費されているロングセラー商品である。
競合商品にはハウス食品の「ククレカレー」が有名。

自動販売機

 かつて、自動販売機にてボンカレーを販売していた時期がある。自動販売機には当時のCMに出演していた笑福亭仁鶴(野球バージョン)写真が貼られていた。ボタンを押すとごはんとレトルトパックが取り出し口から出てくる。現代では電子レンジにて温めて提供する自動販売機が一般化しているが、この自動販売機は常に保温をしていたため、ボタンを押すと直ぐに食べることが可能であった。普通のボンカレーに対して高額の上、常時保温などでコストがかかったため、後に撤退した。探偵ナイトスクープにて取り上げられたことがある。その時は東京のビジネスホテルにありトミーズ雅が体験した。現在はその東京の一ヶ所の他、徳島県にて自動販売機が現存するとのこと。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)



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